大塚権現/岩波稲荷神社(園部町小山東町)

園部町小山東町の大塚権現/岩波稲荷神社

 

 園部町小山東町の大塚権現と稲荷神社です。別々の神社ではありますが、同じ場所に祀られていますので合わせて紹介したいと思います。なお、稲荷神社の社名ですが、google mapでは岩波稲荷大明神と表示され、園部町文化財調査報告 第2集「園部町における民俗信仰伝承」によると小山東町 三軒屋の稲荷神社として「岩波・玉豊 大明神」という社名が記載されています。

 まず大塚権現ですが、その創祀に関して以下のような伝説が残されています。園部101年記念誌 『翼』や京都新聞社編『京都 丹波・丹後の伝説』に詳しいので紹介したいと思います。

 『小山の村はずれにある通称”三軒屋”は、その昔、園部川の本流で大きな淵となっていて”才ヶ淵”と呼ばれていた。そのほとりの岩穴には大蛇が住んでいて、人畜を脅かしたり農作物を荒したり、殊に夏になると村の娘や旅の者を呑み殺し、人々から大変恐れられていた。村人たちはこれを退治しようと試みたがいつも失敗に終わり、大蛇を鎮めるため毎年11月11日に白木の長持に娘を入れ大蛇に捧げる人身御供も長く続いた。その頃土地に住んでいた赤坂蔵人唯重という人がこのことを嘆き、なんとかして人々の苦しみを救おうと心に定めた。ある時、夢の中に白髪の老人が現れて言われるのに「儂は春日明神の鹿の現身 猿田彦命である。お前が大蛇の害を除こうと心に決めていること、神もひどく感じ入っておられる。儂はここに時々現れて人々の安全を守ってあげよう。いよいよ信心を怠ることなく勤めたならば、お前の願いは成し遂げられるだろう」と言ったかと思うとかき消すように見えなくなった。翌日、唯重はすぐに都に赴き、時の領主が住んでいた雲寮へこの事を報告し、次に九条関白のところへもこの事を申し上げた。関白は大いにこれを励まして大蛇を退治するために白羽の矢を授けられた。唯重はこれを持って里に帰り、春日明神と猿田彦命に一心に祈り七日間お社にこもって願をかけた。ちょうど七日満願のあくる日の夜明け、才ヶ淵に姿を現した大蛇に白羽の矢を放った。狙い違わず左目を射抜かれた大蛇は淵のそばの山にのたうち絶命した。唯重はこのことを九条関白に申し上げると共に、善願寺の和尚に頼んで死体を埋めてもらい、そこを大塚と名付けた。ところが翌年からこの大塚を通る時にそこで転んで命を失う者が多く出た。唯重はそこを通る時、着物の袖を切ってお供えすれば無事通れるというおふれを出した。以降、ここを「そでの森」と言うようになった。また、これは大蛇の祟りに違いないということで、再び善願寺の和尚に頼んで供養し、大塚に祠を建てて大蛇大権現と名付けて大蛇の霊を祀った。これより毎年11月11日の午前2時に生魚を供えてお祭りするようになった。

 この伝説ですが、文明元年(1469年)に赤坂唯重が記した『講当由来記』を孫の重利が永禄五年(1562年)に筆写した古文書にこの話が載っていて、今も代々子孫の家に伝わってるようです。『京都 丹波・丹後の伝説』 には現在も毎年、子孫の家々が交代で酒や野菜などを供えて祀っているとあり、古くからこの土地に祀られてきた由緒ある神社のようです。伝説も当地と鎮守の春日明神・善願寺との関係、蛇神、境界と袖もぎの信仰など興味深い内容が多く含まれています。岩波稲荷神社に関しては創祀の年代や由緒についてはよくわかりませんが、大塚権現にも同じ名前の方が奉納された鈴尾が下がっていましたので、やはり地元の講中により祀られているものと思われます。

 園部の新町の外れ、旧京街道沿いに鳥居があり、そこから天神山の山腹に向かって参道の階段が続いています。現在の国道9号線からも赤い鳥居が並んでいるのが見えるので、車で通りかかって気になっていた方も多いのではないでしょうか。山道の少し険しい参道を登ると鬱蒼とした森の中に稲荷神社が見えてきます。地図には岩波稲荷神社とありますが、単独の神社ではなく多くの祠が祀られています。祠のほとんどは山頂ではなく麓の方向に面して建てられているのも特徴的です。参道の最上部には大塚権現が鎮座しています。 鳥居を含め、境内・社殿は少々荒れた状態ですが、不思議と嫌な雰囲気はありません。 とは言え、社殿には「当社を棄損し賽銭を盗むなどの不届き者には大塚権現の霊力により運気衰え身に禍を蒙る」との警告文。かつて人々から恐れられた荒ぶる神としての一面がよく表れています。大塚権現の周囲には露岩が多く、古くは磐座として信仰されていたのかもしれません。

photos

旧京街道沿いの鳥居
旧京街道(山陰道)沿いの鳥居 階段を登った先は国道9号線
 
参道から園部の街並みを見下ろす
参道から 眼下は新町、園部川を挟んで奥は木崎町
 
参道に並ぶ朱の鳥居
参道に並ぶ朱の鳥居
 
少し急な山道を登ると祠が見えてくる
少し急な山道を登ると稲荷祠が見えてくる
 
小さなお社が並ぶ
小さなお社が並ぶ 片方には末廣大明神とある
 

参道を進むと更に3つの稲荷祠が
参道を進むと更に3つの祠
 
最上部が岩波稲荷神社
最上部が岩波稲荷神社 急な登りで参拝するのも一苦労
 
岩波稲荷神社
岩波稲荷神社
 
岩波稲荷神社と神使の狐
岩波稲荷神社と神使の狐 少々荒れているが立派な造り
 
参道の一番上に大塚権現
参道の一番上に大塚権現 裏手には大岩大神と彫られた石塚が祀られている
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です