水の神/継岩・かなご岩(園部町船岡)
園部町船岡の水の神です。船岡集落の外れにある大将軍の辻を旧若狭街道に沿って進むと、JRの踏切を越えた先に小さな祠が祀られています。今は道端の岩の上に祀られていますが、かつてはイワミセ付近の岸壁に祠があったそうです。この祠の眼前には大堰川の流れがあり、岸から突き出るようにして「かなご岩」があります。川面に大きな岩が5つほどあり、底には白ナマズが住んでいて、干ばつの際にはこの白ナマズに頼めばいつでも雨を降らしてくれると言われているそうです。また、かなご岩から大堰川を更にさかのぼった所には継岩と呼ばれる岩もあり、『園部町文化財調査報告書 第七集 石造物調査』には次のような伝承が記されています。
「今から二百年余り昔、船岡上河内に千手間惣八という金持ちの油屋がいた。ある日、殿田へ油を売りに行った帰り、継岩あたりまで来たとき、髪の長い、透き通る様な色白の美女が現われ、「この小重箱を、川下の金輪ヶ渕の”かなご岩”まで届けておくれ、決して途中で開けたり、かなご岩に取りにくるところを見届けてはなりません」といって継岩の中に消えていった。惣八は、あまりの不思議に怖くなり、言われた通りに、かなご岩の上に小重箱を置き、わき目もふらずに家に帰った。それからしばらくして、惣八の店へ、毎日毎日、同時刻、同数量だけ、酒を買いに来る、みすぼらしい乞食坊主がいた。惣八は不思議に思い、ある日とうとうその跡をつけて行った。金輪ヶ渕のかなご岩まで来た乞食坊主は、その岩に消え、静かであった渕の底から、突然大きな水音と共に、白ナマズが現われ、しかも先ほどの乞食坊主の声で、「千手間惣八よー、おまえの長者もこれで終わりじゃー。わしはこの渕に古くから住む白鯰であるぞ、小重箱を手渡した美女は継岩に住む白大蛇じゃー。おまえは見てはならぬ正体を見てしもうたー」と再び渕に姿を消し、川面は静まりかえった。」
祠の前面を流れる大堰川に着目すると、上流より西に進んだ流れが、継岩からかなご岩の区間で大きく南に流れを変え、川面まで山肌が迫り周囲の景色も一変する特徴的な場所となっています。「かなご」や「金輪」は川の屈曲点、あるいは、鉋の語源でもある「掻く・薙ぐ」で川による浸食地形を表す地形語かなと思いますが、「金輪際」の言葉もあるように、どことなく異界との境を連想させる地名でもあります。現在では大堰川沿いに府道が通り、足早に通過するだけけでは印象にも残りませんが、遠い昔の人々はこの場所に対して私たちとは異なる視点や認識をもっていたのかもしれません。
“水の神/継岩・かなご岩(園部町船岡)”へ1件のコメント