城崎神社(園部町上木崎町)

城崎神社(園部町上木崎町)

  

 園部町上木崎町の城崎神社です。祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神の春日四神。創立は大同三年(807年?境内由緒書ママ)と伝えられていますが、創祀はそれよりも古く、奈良時代以前には既に祀られていたものと考えられています。鎮座地の付近には城崎塚古墳や古墳時代前期の前方後方墳 中畷古墳も存在し、日本海と畿内とを結ぶ要衝の地として古来重要視されてきた場所でした。平安時代の歴史書『日本三代実録』には「丹波國 荒井神 城埼神 並従五位下」と神階奉授の記録が見え、創建以来、中央にもその名が知られ、変わらず信仰されてきた様子がうかがえます。

 もともとの祭神は三代実録に記された城埼神だったと思われますが、永仁二年(1294年)に春日神を祀るようになり、天正年間には大宮春日大明神と社名も変遷しています。藤原氏の流れをくむ園部藩主 小出氏の信仰篤く、社前には初代藩主 小出吉親奉献の鳥居が残されています。

 ところで上木崎町に鎮座している当社ですが、上木崎町には別に鎮守の春日神社があり、城崎神社はお隣の内林町の方々が氏子として奉斎している神社となります。江戸時代に記された『寺社類集』にも垣内村・今林村(現 内林町)の項に「産神 大宮春日大明神 布地上木崎村」とあって、ここが垣内村の飛地であったことがわかります。詳しい経緯は不明ですが、創建当時、当社の建つ船井郡木前郷の郷域は現在の上木崎・木崎・内林・瓜生野・新堂・千妻あたりまでを含む広範な地域だったと想定されていて、当社が複数の村々にわかれる以前の木前郷や後に生じた荘園(今林荘・木崎荘)の鎮守として広く祀られていた頃の名残なのではないかと思われます。

 古くは広大な社域をもつ神社だったようですが、現在は国道から少し入った住宅地の中に小ぢんまりと建つ静かな神社です。河原町の大樹観音堂から当社までまっすぐ延びる細い道はかつての街道でしょうか。摂社として蛭子神社、稲荷神社、樹下に若宮八幡宮の遥拝所がありました。

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城埼神社 社前の鳥居
城崎神社 社前の鳥居
 
城崎神社 社殿
城崎神社 社殿
 
城埼神社 拝殿
城崎神社 拝殿
 
蛭子神社
蛭子神社
 
稲荷神社
稲荷神社
 
窪みにタンポポが活けてあった 上と彫ってある?
窪みにタンポポが活けてあった 上と彫ってある?
 

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