摩気神社御旅所・八幡神社(園部町船阪)
園部町船阪の摩気神社御旅所・八幡神社です。竹井にある摩気神社の御旅所で、十月の神幸祭では摩気神社の神輿が渡御し、当社において各種神事が執り行われます。江戸時代に編纂された『寺社類集』の舟坂村の項には産土として「摩気大明神御旅所」と「八幡宮社」の二社が記されていて、「以御旅所称北組之産神、以八幡宮称南組之産神」と注記されています。現在、船阪地区の氏神は九品寺に隣接して鎮座する八幡宮ですが、当時は御旅所が舟坂村北組の鎮守とされていたようです。
摩気神社は平安時代の『延喜式神名帳』に記載された丹波国船井郡唯一の名神大社で、『寺社類集』にも「船井郡第一之社也」とあって、郡内有数の古社として創立以来変わらず崇敬されてきました。その信仰圏は直接の氏子である摩気村、篠田村、上新江村だけでなく、江戸時代においても近郷十一ヵ村(半田村、上横田村、下横田村、宍人村、黒田村、大村、北八田村、舟坂村、下新江村、西山村、大坪村)に及ぶ広大な祭祀圏を形成していました。近世の藩領や中世の荘園の枠を超えた大きな地域で、その起源の古さが伺い知れます。また、これらの村々ではそれぞれに氏神(摩気神社の末社)を祀ると共に摩気神社の祭祀にも携わっており、血縁・地縁組織(株)で祀る「氏神」→「村の氏神」→「地域の総鎮守」という祭祀の重層構造を認めることができます。摩気神社の神幸祭では信仰圏の各集落が参加して古くから定められた諸役を分担。摩気神と十一ヵ村の神々の前に特殊な神饌が供えられ、その後にドジョウトリと通称される「練り」や角力の儀式が行われ、翌日には流鏑馬・千度と呼ばれる行事などが行われます。横田の若宮神社・三輪神社、黒田の熊野神社、城南町(大村)の加茂神社、京丹波町口八田の葛城神社は現在では参加しなくなっていますが、この祭りは古風をよく保存していて、摩気神社の広大な信仰圏、重層的な祭祀の形態がよく残っている貴重な祭りと言えます。
分水界を成す山地から延びる尾根の先端部、船阪と仁江の境に鎮座しています。摩気神社の信仰圏は園部川、本梅川、半田川沿いの集落に広がっていますが、船阪は園部川と本梅川が合流する地点にあたり、船阪から中山峠を越えて葛城神社の鎮座する京丹波町口八田へもつながっています。摩気神社と関係深い九品寺も当地にあり、そのあたりが船阪に御旅所がある由縁でしょうか。小さいながら杉の木立の雰囲気の良い神社です。
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